大林宜彦監督の取材をしました。

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5/31(日)より、刈谷日劇さんにて大林宜彦監督の新作「野のなななのか」が上映されます。

上映に先駆け、刈谷日劇さんに大林監督がプロモーションでお見えになられました。

文化工房かりやも取材させていただきました。

その時のインタビューを掲載させていただきます。

映画は、5/31(日)~6/20(金)まで、上映しています。

昔ながらの映画館である刈谷日劇さんへ、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか!

詳しくは、刈谷日劇HP http://kariyanichigeki.com/

野のななのか 公式サイト http://www.nononanananoka.com/

 

◆大林宣彦監督の最新作「野のなななのか」◆

古里映画作家として関わって来た『芦別映画学校』20年目の約束として、
市民と共に発信する未来への祈りである。

こうした想いを込めた映画について、インタビューしました。

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●大林宣彦監督へのインタビュー●

日時:4月25日(金) 午前10:00~

場所:刈谷日劇5F ロビー

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その日は心時めくくらいの快晴でした。

午前9:30には会場に入り、監督の来館を待ちました。
持ち時間20分は、質問内容を考えるのも正直なところ悩んだ次第で・・・。

この日は何組かの取材が組まれていて「文化工房かりや」は一番手でした。
ロビーのこじんまりとしたスペースが、手際よくインタビューコーナーに模様替えし、
程なくして、監督の登場です。

TVの中の本物を目の前にした私たちは、穏やかな笑みを浮かべ、
招かれるようにインタビューが始まりました・・・。

監督のこの映画への想いは深く、話は45分もの時間を費やしてくださいました。
監督の配慮に、スッカリ心奪われた私達でした。
こうした機会を与えて下さった映画館関係の皆さんに感謝したいと思います。

ありがとうございました。

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―監督から一声

皆さんこの映画観ました?途中から観ましたか?

僕は、全国の映画館に行って一つだけ勧めるのは、途中入場、自由退出を勧めてます。

それが映画の原則なんです。

それで、ここは(刈谷日劇)そうゆう映画館だから、僕は嬉しくってニコニコしています。

だから、僕の映画は、途中から観ても良いように心がけて作っています。

 

―それでこの映画が、何章にも区切られている

と言うよりも、映画って途中から観たほうがいいんです。

そうやって大衆文化になったんです。

初めて会う、私達も、お互い人生の途中でしょ、話してるとわかってくるけれど、
映画も途中から観て、最初は「嫌なやつだなって」観ていると、
ともだちになってみたり訳があって悪いことしちゃったり、
で途中で死んじゃっても、又最初に戻ってみると生きかえってきて、
どんな人だかわかる、人が人を理解するってそうゆう事でしょ。

映画は人生の勉強なんです。

映画も途中から観ると、ストーリーを超えて、
人生や、社会や、政治や、経済や、恋人がわかってくる、
それで、映画は学校なんです。

でも今は単に、時間つぶしの娯楽になってしまった。
頭からしか観られない映画になっちゃったから。

 

―映画感

黒沢さんも、小津さんの作品も途中から観ても、子供でもわかるんで。

僕は子供の時に小津安二郎さんの映画を観ました。

途中から観たのですが、少しボケたおじいさんが、
キャラメルを包み紙に包んだまま食べさせるシーンを最初に観て、
このおじさん(小津さん)は、僕たちの映画を作る人だと思った。

これは、子供のための映画だ、とおもいました。
(それは、いたずらで子供は紙がついたままキャラメルを食べさせてしまったりするから。)

最初から観ていたら、難しい映画になっていたかもしれません。
頭から観ると、商品になるんです。
途中から観ると人生になるんです。

今は、女性向けの映画、子供向けの映画、ジャンルに分けてしまうのではなく、
誰もが観れる映画がなくなってしまいました。

この映画は大人が観ても、子供が観ても、
それぞれに感じ方が違う、昔ながらの映画の作りをしています。

 

―20年も前から市民映画の製作をされていますが

20年前は、市民映画も古里映画もなかったですよ
僕自身が市民だから、市民の代表として映画を作ってるだけです。

 

―地元の食べ物が色んなシーンで出てきました

地元の食べ物が自分の食べ物になる、
地元の食べ物がおいしくなったら、映画を撮る資格ができたかなと思います。

こうゆう食べ物があるから、これを使うって事はしません、
それは単なる観光PRになってしまうから、その土地が自分の故郷になる。

だから、古里が日本各地にあって、
ただいま、お帰りとゆう関係で映画を撮ります。よそものが作れませんよ。

だから、僕は古里が全国にいくつもあります、孫も全国各地にいますよ。

 

―古里文化

日本の良き古里文化がなくなってきてしまったから、
それをとりもどそうと思った、古里を残そうと思いました。
その方法は音楽でも、絵画でもよかったけれど、
僕は映画が得意だから、映画で残そうと思ったんです。

映画を使って大切なことを語りつないでいきたいと思った。

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―映画はジャーナリズム

映画はジャーナリズムとおもっています。
風化しないジャーナリズム。

途中入場、途中退出、これが文化の街に相応しい買い物帰りにひょいと寄って観る、
学校帰りに観る、それでちょいとおこられる、これが映画文化です。

この映画も、片顏に目が二つあるような奇妙な映画ですね、
今回の「野のなななのか」と長岡の映画はどちらも、
3.11以降の映画ですがシネマ・ゲルニカと呼んでいます。

ピカソが写実派でした。
故郷の戦争を写実主義で書くのは、
観る方も、書く方も、辛くて辛くて仕方がない。

でも、ピカソは、写実主義ではないキュービズムで戦争を描きました。

横顏を描いたとき、目が二つあるような、絵画です。
そうすると、小さい子も一緒にみられますね。この映画を感じてほしい。

この映画は、あのゲルニカと一緒なんです。
映画は風化しないジャーナリズム、芸術です。

 

―楽団「パスカル」の美しい登場風景について

日本の原生林はありません、手の入っていない自然はないんです、
人が手を入れて自然を守ってきました。

風景がきれいと言うことは、そこに暮らしている人間がきれいという事です。
戦後の高度成長期に一気に汚くなりました。
北海道の土地はまだまだ、綺麗ですね。

物とお金の物質主義の時代はおわりました。

 

―今までと違う常盤貴子さんでした

これまでの映画と違った感じ・・・そうでしょ、違うでしょ。

20年越しに彼女が、「僕の映画に出演したい」と言いまして、今回やっと実現しました。
長岡であいました。

そこで、常盤貴子さんが、
「監督、大林組に入れるように、
自分のひとりで、現場にいけるように練習していました。」と言われて、
今回の出演が実現しました。

 

―この映画で一番伝えたいこと

日本人は平和難民なんです。

日本人だけが、8月15日に終戦記念日と言っています。
世界的には敗戦記念日とゆうのです。
日本の暮らしと文化を守ってほしいというメッセージを込めています。

このように見てくださいといわない、
見た方がこう見ました、と言えばそれでよい。

映画はお客さんのものだから・・・。

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  1. ピンバック: 刈谷日劇に、大林宣彦監督がいらっしゃいました | 刈谷日劇

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